2007年11月28日

うどん定食 この奇妙な食べ物

天神の某うどん屋で、牛丼定食(うどん付)を食べながら、思った。

「うどん」と「丼物」のセットという、炭水化物どうしのメニュー(以下、「うどん定食」と仮称する)は、何とも奇妙だ。うどん定食の出現の経緯とは、どんなものだったのか。また、うどん定食の出現が教えてくれる教訓と、現代における うどん定食の意義とは何なのか。

以下は、それらの疑問に関する私の考察である。


そもそも、世の中の大多数のうどん屋が、「うどん屋」を銘打ちながら、丼物を売っているのは何故なのか。
私が推測するところによれば、その目的は、一種の経営多角化戦略だといえよう。

牛肉や天ぷらなど、うどんと丼物の間には、共通の食材が多い。また、「どんぶり」という同じ形の器を使う。うどん屋にとってみれば、丼物を出すことによって、限られた経営資源(店舗、調理設備、人員、料理のノウハウ、食材など)で、多様な商品を提供できるようになるのだ。


うどん屋における丼物の販売という「事件」がいつ起きたのか、それを知る術はない。確かに言えることは、この革新的イノベーションにより、顧客は「うどん屋」という一つの店舗で、多様な食べ物を味わえるようになったということだ。

しかしながら、この丼物の出現の時点で、うどん屋の顧客満足は完全に達成されたのか。また、うどん屋のイノベーションへの探求心は完全に潰えたのか。
答えはいずれも「否」だった。

うどん屋における丼物の出現は、「うどんか、丼物か」という厳しい選択を顧客に迫るに至った。メニューの選択に迷った揚げ句、「うどんも丼物も両方食べたい!」と主張する「欲張り」な顧客がいたに違いない。
さらに、彼はこうも言っただろう。「でも、両方丸ごと注文しても食べ切れない…。」

このような顧客の要望に応えて出現したのが、うどんと丼物とをそれぞれ少量ずつあわせた「うどん定食」だった。ここに、麺類と御飯ものという、炭水化物どうしの奇抜なメニューが誕生したのだった。


しかしながら、うどん定食は、(おそらく考案者の意図を遥かに越えて)単なる顧客の「欲張り」の結晶たる意味合いを以上の、画期的な機能を備えるに至った。


うどん定食の画期的な機能について。
詳しいことは、またいずれ、気が向いたら書きます。
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2007年03月05日

能面

 日本の能面というのは、単なる道具としてではなく、それ自体が芸術として高く評価されているそうですね。世界的にも。

 さきほど教育テレビで、なにやら能面を用いた伝統芸能をやっていたので、少しだけ観てみたのですが、たった一枚の能面が、本当にさまざまな表情を作り出しているのに吃驚しました。

 笑っている表情、怒っている表情、泣いている表情、楽しそうな表情・・・。実は、これらの表情は全て、微妙にお面の角度を変えることで表現できるんだそうです。

 うーん、能面って奥が深い・・・。

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2007年01月07日

厄年の由来

>元来、厄年の「ヤク」とは「役目」の「役」のことで、共同体の中で重要な役割を担う年齢のことであった。特に神事に関わる役目を担うことから、厳重な物忌みなどが求められたが、次第にもとの意味を失い、身を慎む習慣が残った。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%84%E5%B9%B4

 厄年について調べていたら、Wikipediaにこんな記事が。

 ・・・実は、管理人も厄年男でございますのです。

 いつのまにか人々が間違った解釈をしてしまっただけで、もともとは「不幸がたくさん起きる年」という意味ではなかったらしいです。

 ・・・というわけで、あまり「厄年だぁ厄年だぁ」といって大騒ぎする必要はないってことですな。むしろ恐ろしいのは、厄年のことを気にしすぎて気持ちがネガティヴになることなのかも知れないです。



 
ラベル:厄年 神道
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2006年12月15日

天ぷらの「ぷら」

 天ぷらといえば、今でこそ代表的な日本料理になっていますが、もともとは戦国時代に南蛮人たち(主に宣教師)によって持ち込まれた料理のひとつ。

 当時は、切支丹の寺院(スペイン語で寺院は"templo")で食されているということで、南蛮伝来の油料理を総称して「てんぷら」と名づけたんだそうです。

 江戸時代になると、揚げ物のうち魚介類を材料にした物だけを「てんぷら」と呼ぶようになり、さらに「天麩羅」という字で当てた。
 これが我々の言う「天ぷら」ということらしい。

(「天麩羅」というのは書くのがたいへんだから、現代では「天ぷら」と表記するようになったんじゃないかと、これは拙者の勝手な推測です。)


 まぁ他にも語源には諸説あるようですが。
 ココ(↓)に色々載ってるので、参考までにどうぞ。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E3%81%B7%E3%82%89#.E8.AA.9E.E6.BA.90


 あー、なんか書いてるうちに天丼が食べたくなってきた・・・。



 
posted by 黙星 at 05:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 批評-文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

続・クリスマスは好きじゃない

(↑ここに言う「好きじゃない」というのは、「嫌い」ということではなく「ありがたみを感じない」くらいの意味です。)

 よく言われることですが、この季節につくづく思うのが、日本人の宗教感の不思議さ。

 正月に神社詣でをし、お盆に寺参りをし、クリスマスには救世主の降誕を祝う。結婚式を教会で挙げ、家を新築するときは御祓いをし、葬式には仏教僧をよぶ。

 まあ私などは、そういうお気楽な日本人の気質は決して嫌いではないのですがね。

 ところで、我が家にはクリスマスを祝う習慣がないと、前回の日記で書きました。
 一番の理由は、祖父の誕生日が12月24日だからだと思う。(家族の宗教観だとか、私の誕生日が12月だからだとか、他にも理由は色々ありそうだけど。)つまり、イヴと重なるんですな。

 家族としては、異教の救世主よりも、祖父の生誕の方が有難いわけですよ。だって、キリストがいなくても自分たちは生まれてるはずだけど、祖父が生まれていなかったら自分たちの存在自体があり得ないから。


 そんな祖父も、大きな病気にかかることもなく(ちょっと耳が遠くなってきたけど)、今年で83歳に。

 長生きしてほしいものです。



 
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2006年12月11日

クリスマスは好きじゃない

 毎年、街の街路樹が豆電球だらけの衣装に着替えをする季節になると、必ず思い出します。
 まだ拙者が幼かったころ、大人たちが誕生日プレゼントを贈ってくれるときの合言葉。

「クリスマスの分もいっしょね♪」

 日本全国の十二月生まれの宿命といったところでしょうか?
 まぁ、もともと我が家には切支丹の祭りを祝う習慣が無かったので、あまり気にしてなかったのですがね。

 ちなみに、新約聖書の記述から推測する限りでは、イエスが生まれたのは夏だったそうですね。

 いつのまに誕生日を捏造されたんだろう、救世主さんは。




posted by 黙星 at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 批評-文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

巌頭之感

巌頭之感

 悠々なる哉天襄、
 遼々なる哉古今、
 五尺の小躯を以て此大をはからむとす、
 ホレーショの哲学竟(つい)に何等のオーソリチィーを値するものぞ、
 万有の真相は唯一言にしてつくす、
 曰く「不可解」我この恨を懐いて煩悶終に死を決す。
 既に巌頭に立つに及んで、
 胸中何等の不安あるなし、
 始めて知る、
 大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。



 小学生・中高生の自殺がマスコミで大きく取り上げられている今日この頃ですが(ここ数週間くらいで下火になってきた?)、藤村操(1886年 - 1903年5月22日)という高校生(旧制一高)の死ほど、世間に影響を与えた自殺はなかったと言われています。

 エリート学生(旧制一高とは現在の東大にあたる)である彼の死と、彼が死の直前に残した「巌頭之感」に衝撃を受け、後追い自殺をする人が相次いだそうですね。彼が身を投げた華厳の滝は、いまだに自殺の名所として有名なんだとか。

 最後の「大いなる悲観は大いなる楽観に一致する」というのは、拙者が好きな言葉の一つなのですが、ここまで悟った人間が、なぜ死を思いとどまらなかったのか、それこそ「不可解」ですね。
 一説には、失恋が原因だとも言われていますが・・・。



 
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2006年10月29日

武田信玄のトイレ

 武田信玄といえば、「甲斐の虎」と呼ばれた戦国時代きっての名将。時代を超えて多くの人に愛されてますね。ところで、最近 Wikipedia で彼のことを調べてて、こんな記事を発見しました。


>躑躅ヶ崎館に、水洗トイレを設置している。躑躅ヶ崎館の裏から流れる水を利用した仕組みで、信玄はここを山と言う名称で呼び、用便の他、書斎等にも使っていた。家臣が「何故、厠を山と言う名称なのでしょう?」と尋ねた所、信玄は「山には常に、草木(臭き)が絶えぬから」と機知に富んだ回答をしている。


 えーと、突込みどころが満載なんですが・・・。


>躑躅ヶ崎館に、水洗トイレを設置している
 まず、戦国時代に水洗便所があったということが驚き!(ちなみに、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)とは、信玄の居城のこと。)

>用便の他、書斎等にも使っていた
 排便しながら本でも読んでたんでしょうか。まぁ、それは自分も時々やるけど。つーか、「書斎 等 」って何なんだ?他にどんな用途があったんだろ・・・。歯磨きとかかな?

>山には常に、草木(臭き)が絶えぬから
 オヤジギャグ(;゚Д゚)? 意外と林家木久蔵さんみたいなキャラクターだったのかも。



 ・・・色んな意味でショッキングでした。


 
posted by 黙星 at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 批評-文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

ドラえもんのヒューマニティ

・恋をする(初恋の相手はノラミャー子)
・嫌いな動物がいる(もちろんネズミが大嫌い)
・トイレにいく必要がある
・味覚があり、食べ物に好き嫌いがある(ドラ焼きが大好き)
・蚊にさされる
・風邪を引いてしまったことがある(寒いのが苦手)
・毎日、睡眠が必要である
・汗や涙を流す


よくよく考えてみると、これらの機能はロボットには必要ないはずですが、ドラえもんは、どうしてこうも人間的な性格をしているのでしょうね。ドラえもん本人にいわせれば、「ぼくは高級ロボットだから」ということになるのですが、実際の理由はどうなのでしょうか?

このことについて、作者の藤子・F・不二雄先生が、公式な見解を述べています。

 じつは、ドラえもんは、子守り用ロボットである。人間そっくりにできているのは、小さな子どもを育てたり、いっしょに暮らすとき、そのほうがぐあいがいいからなのだろう。
(「決定版 ドラえもん大辞典」 原作:藤子・F・不二雄 )


これはどういうことでしょうか?



 我が身を保つための食欲、種族を保存するための性欲、それに集団欲、これら三つの本能的な欲求の中で、一番貴重になるのは集団欲であるといわれている。(中略)

 このような集団欲が、一番原始的な形で現れるのが、「肌のふれあい」、「スキンシップ」などと表現されるものである。
>近年、赤ん坊の心身の成長に、このようなふれあいが、精神的な栄養としても、とくに重要な意味を持つことが注目されている。(中略)

 このように、子供の時には、肌のふれあいといった形で働く愛情の交流も、人が成長するにつれて、次第に心のふれあい、すなわち、思いやり、認める、誉めるなどの形へと発展してゆく。

(『セルフコントロールの医学』 著:池見酉次郎 より)



つまり、一人の赤ちゃんが健全な人間へと育っていくためには、周囲の人間との暖かい「ふれあい」がなければならないということです。上記の書物には、赤ちゃんの時にどのように周囲の人々と接したかが、のちの人格形成に決定的な影響を与えるとも書かれています。特に、母親との関係が重要で、誤った母乳の与え方をすることが、大人になったときに拒食症や過食症に陥る原因になる、という説もあるんだとか。

ドラえもんが、可愛らしく思いやりに溢れているだけでなく、喜怒哀楽があり、人間らしい欠点をも持ち合わせているのは、子守り用ロボットとしての任務を果たすために、赤ちゃんとの人間らしい「ふれあい」が必要だからなのでしょう。


さて、藤子先生は、他にも、ドラえもんの性格と彼が「子守り用ロボット」であることの関連性について述べているわけですが、つづきは長くなりそうなので、別の機会に述べようと思います。



 
posted by 黙星 at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 批評-文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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